2017-04

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

水彩サロン参加記(10月20日)

20日(日)午後2時から清澄白河駅から10分ほどの森下文化センターの会議室で開催された江東区の水辺に親しむ会主催の水彩サロンに参加しました。

開催趣旨は「荒川の中流部にはとても広い河川敷があります。この広大な河川敷の活用によって荒川の治水は成り立ち、現在も江戸時代の治水方法をそのまま受け継ぎ、旧堤防の拡大・強化といった形で引き継いでいます。国の直轄事業として実施された上流部改修の着工からもうすぐ100年を迎えます。今後の治水や利水等について、水の脅威と闘ってきた先人の苦闘の歴史を振り返りながら考えてみませんか」。

講師の嵯峨弘喜さん(荒川上流河川事務所計画課長)が、荒川(放水路)上流部の治水について1時間ほど報告されました。
荒川上流河川事務所は、川越市にあり、本川60km、支川を含めると110kmほどを管理している。川は下流に向かい左が左岸、天端(堤防の上)、高水敷(普段は水がなく、洪水の時に水が入る河川敷、荒川は6割が民地)、堤内地(堤で守っている市街地部分)、堤外地(川の部分)、源流は甲武信ヶ岳、流域面積は3000平方キロメートル、日本一の川幅(鴻巣の60km付近で2.5km)、深谷が80km付近、30km付近(和光市)までは荒川下流事務所の管轄。
縄文時代は、埼玉まで海が来ていた。利根川は400年前までは東京湾に流れていたが、銚子に流すように変える。荒川は利根川の支川だった。

縄文時代は寄居の扇状地あたりから東へ流れていたが、その後は南に変わる。
鎌倉時代も部分的な堤が作られる。荒川の西遷、1629年、堤を作り、東京湾に流すようにする。
1742年の洪水は、亀戸で4mあまりの高さになり、死者4000人、明治43年台風水害で死者300名。
この後、荒川の改修が進み、荒川放水路ができる。移転家屋1300戸。
中流部は大正7年から昭和29年に工事をして直流にしたり、27本の横堤を建設して遊水、今でも堤外地に43戸が居住。
昭和22年カスリーン台風、埼玉県内で16人が死亡。
荒川第1調整池は20年に1度程度の越流で計画、治水は川の水位を低くすることを目標、維持管理として草むしりや流れやすくするための木の伐採、構造物の計画的改修、近代改修に尽くした人の紹介、かつては上流に6堤が作られ、勝手に水を引いて水争い、頭首工をつくり、水利の調整をする、農業用水はここで取水する、水利権の量の25%が水道水、1500万人(東京都1150万人、埼玉県350万人)に給水、秋ヶ瀬取水堤から東京都へ、荒川太郎えもん地区自然再生事業の紹介 河川敷利用、6割が民地で、大半は農地だが、グランド、ゴルフ場などあり」。

質疑で、漁業権は、荒川全体に残っている、沼などにもある、河川敷の国有地を利用する場合は、専用許可を申請して洪水時の建造物の撤去計画などを出してもらい、都道府県などに使用料金を納付してもらう。

---
私の質問は、現在、公共建築物については、1970年代に大量に建設された学校などが50年経過したからと建て替えする予算が到底足りなくて、大規模改修で対応するしかないが、河川構造物の寿命は何年程度で、作り直しや改修予算の将来計画に不安があるのかという点です。
ダムは150年とか200年とか聞いたことがあったのですが、寿命や作り直しの時期などは想定されていないようでした。
河川局の予算規模は、1兆円強ほどで、住宅局予算(現在5000億円程度)と同様に10年前の半分に縮小しているようです。
洪水被害額について、荒川左岸がどこで決壊すると40兆円の被害があるなどの推計はされているとのことですが、どこまで被害想定するか難しい、計画高水位は200年に1度の水量で達する高さを想定して整備しているということでした。

---
雨の中、20人あまりの老若男女の会員が集まって、質問者は私を含め高齢男性ばかりでしたが、みなさんが熱心に聴講し、私にとっても良い勉強になりました。4時過ぎに寿司屋での講師へを囲んでの懇親会は、すこし時間が早すぎるので遠慮しておきました。
海老塚良吉(比較住宅都市研究会主宰)

DSC00341.jpg
スポンサーサイト

水彩サロン 三浦市小網代湾を訪問(8月8日実施)

水彩サロン2009年春学期の最終回。
北島三和子先生のご案内で、三浦市の小網代湾を訪れました。

水彩サロン 小網代

小網代湾内は、漁船とヨットが並ぶ風景。
首都圏にこんな風景があったなんて、
知らない者にとっては驚きでした。

湾の奥にある緑の森は、
地元の方々の熱意で、
開発から守られた森。

ここに1つの閉じた生態系が存在していて、
その住民である、アカテガニの生息地になっています。
今回は、そのアカテガニの産卵を見学しに、東京からやってきました。

水彩サロン 小網代

アカテガニの産卵が始まる日没を迎えるまで、
湾に面した小さな小屋で、ひとときを過ごします。

猛暑日であることを忘れさせるような、
涼しい海風が舞い込んできます。
このまま、ここで過ごしたい気分…

水彩サロン 小網代

ようやく日が傾き、暗くなり始めた頃、
産卵場所になる湾の奥部に向けて、
森の中の散歩道を進みます。

産卵場所近くにある「大蔵広場」。
森が国有林であるために名付けられた、「大蔵」という名前。
地権者である大蔵省が由来だそうです。

水彩サロン 小網代

本当は、産卵風景をカメラに収めようとしましたが、
膝下まで海に入るために、カメラを陸に置いてきてしまいました。
産卵の写真は撮れませんでしたが、この目で確認できました。

写真に写る方は、小網代の森を守るNPOのスタッフ。
膝下まで見学者が入るため、見学者の安全を見守り、同時にカニの無事の産卵を見守るスタッフです。

暑い夏の涼しい思い出になりました。

水彩サロン2009年度 講座のご案内

┌──────────────────────
│■□■水彩サロン2009年度 講座のご案内■□■
│―昔の歴史から現在そして未来へ引き継ぐ―
│「水彩都市江東の未来への風景」
└──────────────────────

春学期は全て終了しました。秋学期をお楽しみ下さい

江東区の水辺を考えるには、過去の歴史を知り、現状の問題を把握することが必要です。
また将来像を描く際には、江東区以外の都市での水辺空間の活用事例を知ることも大切です。
区内の昔の様子を知っている人たちが語る身近な地域の記憶や、水辺空間や都市デザインの専門家や学識経験者などから国内外の幅広い話題提供を受けて参加者同志で意見交換を行います。
水彩都市江東区の将来に向けて夢を語り合い、より豊かな水辺空間の実現に向けた提案に結び付けたいと考えています。

※申込は4月以降となりますので、ご注意ください。

----
●講義内容

◇第1回
2009年4月19日(日)14:00~16:00 
「水の都の風景」大阪とロンドン
講師:奈良 朋彦(?TALO都市企画)
終了しました

≪第2回~5回は、北島三和子さんによる連続講座》

◇第2回
5月16日(土)14:00~16:00
「品川天王洲TYハーバーの計画」
北島三和子(有限会社シティファーム代表取締役)
ロンドン市役所勤務の経験を通した水辺のまちの視点を品川天王洲に活かし、運河沿いの寺田倉庫を改築したレストラン「TYハーバー」を計画した講師による座談と見学会≫
終了しました

◇第3回
6月20日(土)13:30~17:00
「初夏の品川散策」
天王洲アイル駅集合。TYハーバーでティータイム、東京海洋大学品川キャンパス、荏原神社や品川神社を巡り、原美術館
※TYハーバー飲食代は各自負担
終了しました

◇第4回
7月18(土)14:00~16:00
「水辺を使う提案」
終了しました

◇第5回
8月8日(土)満月の夜 15:30~
「赤手蟹の産卵観察と夜のおしゃべり会」
神奈川県三浦市三埼町小網代の海辺(現地集合)
終了しました

●講義会場
 森下文化センター
 4月は第3会議室、5月と7月は第1会議室

●受講料
 800円(資料代、ワンドリンク付)/1回

●主催、問合せ NPO法人江東区の水辺に親しむ会(電話:03-5639-2818)

●協力
 (財)江東区地域振興会森下文化センター

●申込み
 森下文化センター(先着順、窓口)

«  | ホーム |  »

プロフィール

mizubeland

Author:mizubeland
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

江東区便り (1)
NY便り (3)
お江戸深川さくらまつり (6)
堤防体験 (2)
水彩サロン (3)
明治丸 (2)
水彩フェスティバル (3)
運河ルネッサンス (2)
江戸東京の川再発見 (3)
当会協力 (1)
事業報告 (1)
未分類 (7)

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。